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IP パケット − はるかなる旅

144 :春樹風IPSec :01/12/09 14:54
カウンターの反対側の席に、12か13くらいの髪が不自然なくらいまっすぐな、
すごく綺麗な女の子がすわっていた。彼女は、僕が立ちあがると同時に小さな
声で「280円」とつぶやいた。

僕がギョっとしてたちどまった。彼女は僕のペイロードを読んだのだろうか?
いやそんなはずはない。ただの偶然だろう。何たって僕は指数オーダーの計算
量を持ったアルゴリズムで暗号化されている。これは誰にも解くことはできな
いはずだ。ましてや、こんな若い女の子に。

すると、彼女は「画像キボンヌ」「素人には」「>>1よ」と、やはり何の感情
もない機械的な声でつぶやいた。彼女の顔はこちらをむいていたが、彼女は僕
を見てはいなかった。というより、彼女は目をあけているけど何も見ていない
ように見えた。

僕は電撃に打たれたようにその場に凍りつき、かなりたってから、やっとの思
いで「今、何て言ったの?」と聞いた。声がかすれていた。彼女は、なぜ僕の
ことを知っているのだ?僕の暗号化アルゴリズムは3DESだとあのルータは言っ
ていた。復号化は絶対に不可能なはずだ。それとも彼女は僕のセッションキー
を持っているのだろうか?次々と疑問が頭の中をかけ回った。

145 :春樹風IPSec :01/12/09 14:55
「ねえ」
僕は、彼女の隣の腰をおろした。
「君が今口にした言葉は、僕にとってすごく大事なことなんだ。正直に答えて
くれないかな。君はいったいどうやって、その情報を手にしたんだ?」

「それは私にもわからないの。ただビジョンが浮かぶだけなの。それはいつも
突然やって来る。私には、そのビジョンにどんな意味があるのか、なぜ私の所
にやってくるのかいつやってくるのか。そういうことは一切わからない。そも
そも、それが本当のことかどうかもわからない。ただ突然やってくるだけなの」

いくつか質問を投げかけてみたが、彼女の言うことは同じだった。僕は、それ
以上問いただすことはあきらめ、バーテンダーにあらためてバドイザーを注文
した。そして、あきれたことにやっとその時になって、中学生がホテルのバー
にいることの不自然さに気がついた。

「ところでここは、君のような年齢の女の子が普通いる場所じゃないと思うけど」

「私のママは芸術家なのよ。しかもIPV6の。ママは何かヒラメクとすぐ6BORN
の方にすっ飛んでいってしまうの。私のことなんかすっかり忘れて。私はいつ
もこうして置いてけぼり。でも、いつものことだから」

それでいくつかの謎が解けた。彼女はハーフだったのだ。つまり、トンネリン
グという奴だ。32ビットのアドレスと128ビットのアドレスを両方持っている。
それが、ここにいるのにここにいないような彼女の不思議な印象をかたち作っ
ているのだろう。ひょっとすると、あの能力にも関係あるのかもしれない。

146 :春樹風IPSec :01/12/09 14:58
その時、彼女の携帯が鳴った。彼女は小声でしばらく話すと僕の方を見て
「ママがあなたと話したいと言ってるんだけど…」と言った。

「娘があなたのことを気に言っているようなの。それで、あなたにちょっと娘
の世話をお願いしたいんだけど」
「なぜ、あなたは会ったこともない男にそんなことをたのめるんですか」
「娘の能力のことはわかってるんでしょ。あなたには何か特別なものがあるみ
たいね。娘がそんなことを言うのは珍しいのよ」
「そんなことを言ってるんじゃない。彼女はただでさえ難しい年頃なんだ。し
かも128ビットの視点を持ちながら32ビットのパケットの中で生きていかなく
ちゃならない。その大変さを理解し受けとめる人間が回りに必要なんだ」

その母親は僕の言うことなんか耳に入ってないようだった。ただ「謝礼と経費
は充分出すから」とだけ言うと一方的に電話を切ってしまった。やれやれ、
IPV6ヘッダーには標準でQOSのフィールドがあるんじゃなかったっけ?それな
のに連中はいつもこうだ。突然、人の生活に割りこんでくる。ともあれ、僕は
そんなふうにして、その不思議なユキという名前の少女と知りあった。

147 :春樹風IPSec :01/12/09 15:00
僕は彼女の母親の依頼どおりに、家庭教師やドライバーや身元保証人などいく
つかの役をこなした。ある日、二人で時間をつぶすために映画を一緒に見た。

「この映画の主役は実は僕の同級生で親友なんだ」

彼は、五反田から京成臼井までの経路の検索結果が書きこまれた駅すぱあとの
Replyだった。だから、僕らはみんな彼のことを五反田君と呼んでいた。その
平凡な名とうらはらに当時から、誰が見ても実用的で立派なパケットだった。
僕らの回りの女の子たちはみんな彼に夢中になった。当然のように彼は俳優に
なり、今では毎日テレビに出る有名なタレントだった。

彼はハンサムなだけではなく、性格もおだやかで知的でどんな役もそつなくこ
なし、演技も玄人には評価が高かった。「非のうちどころない」という言葉は
彼のためにあるようだった。

しかし、ユキは彼をひとめ見るなり顔をしかめた。珍しい反応だった。確かに
面白い映画ではない。脚本も演出も凡庸で才能のかけらもない。しかし、彼の
演技だけは、一応の水準に達していたし、不快感をもよおすものはない。

だが、彼女はどんどん不機嫌な顔になりしばらくすると顔をふせて震えだした。
何か異常なことが起きているようだ。僕は、あわててユキを外へ連れ出すと、
しばらく休ませた。やがて彼女は言った。

「あの人は…あなたのお友達はsageなのよ」
僕はショックを受けた。まさか、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
「君はその言葉が何を意味しているのかわかっているのか?」
「わかってる。でも私にはそれが見えるの。ここに立ってるあなたを見るよう
に、ハッキリと見えるの。あの人はsageなの。間違いないわ」

148 :春樹風IPSec :01/12/09 15:01
数日後、僕は直接五反田君に確かめてみた。
「君はsageなのか」
彼は1ビットたりとも表情は変えなかった。しかし、彼が答えるまで奇妙な一
瞬の間があることに僕は気がついた。
「誰がそんなことを言ったのかな」
「そんなことはどうでもいい。ただ正直に答えてほしい。君はsageなのか」
「よく君の言ってることが飲みこめないな。僕は君も知っているとおり、駅す
ぱあとの検索結果だ。掲示板とは関係ない。それがどうしてsageになるのかな」
「悪いと思ったが実は君のことを調べさせてもらったよ。そして気がついたん
だ。五反田から京成臼井に行くには、君のデータ部に書いてあるような新橋経
由のルートは実は最短じゃなかった。浅草線で押上まで行くほうが近いんだ」
「たとえ、君の言うことが真実だったとしても、それが僕がsageであることを
証明することにはならない。駅すぱあとにバグがあったという可能性は考えて
みたのかな」
「それは僕も考えた。いや、むしろそうであることを望んでいた。だが、僕は
もうひとつ決定的な証拠をつかんでしまったんだ」
「ほう」あくまで彼は冷静だった。冷静なようにふるまっていた。
「君のソースアドレスは○じゃない。○なんだ」

僕はついに後もどりできないその言葉を口にしてしまった。今度ははっきりと
認識できる沈黙があった。

「そうか、そのことに気がついてしまったんだね。そう、君の言うとおりだ。
僕は自分を偽っていた。僕は駅すぱあとの書きこみなんかじゃない。本当はた
だの鉄オタの鉄板への書きこみなんだ。駅すぱあとの検索結果をコピペしただ
けなんだ。つまり、僕は君たちと同じただの2ちゃんねるなんだよ」
僕は彼に何も言うことができなかった。
「不思議だ。こうして口にしてしまうと実に平穏な気分だ。楽になれる。僕は
ずっとこれまで正体がバレることに怯えながら暮らしてきた。週刊誌にスッパ
抜かれる夢なんか何度見たかわからない。そのたびに汗ぐっしょりで目ざめる
んだ。ずっとそうやって生きてきた。こんなに平和な気分ははじめてだ」


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